クロガネ・ジェネシス
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第三章 戦う者達
第27話 エスケープラン!
「……? なに? この音……」
ホールで寝息を立てている零児とネレスのすぐ傍で、シャロンは耳をそばだてた。
何か嫌な予感がする。女の勘に過ぎないが、多分この予感は正しい気がする。アーネスカ達が戦っていることは容易に想像がついた。
「零児! ネル! 起きて!」
シャロンは零児とネレスの体をゆさゆさと揺する。
「あ、う〜ん……頼む……寝させてくれ……」
「クー……zzz」
「2人とも、起きて!」
さらに強くシャロンは2人の体を揺すった。
「むっ? シャロン……」
寝ぼけ眼で零児は顔を上げる。
「うううう……寝たりない……」
それはネレスも同じだった。寝始めてからいくらも経っていないのだから当然といえば当然である。
「どしたシャロン?」
「嫌な予感がするの……。音がするし」
「音?」
次の瞬間。キャッスルプラントへ続く廊下の扉が開き。アーネスカ達が駆け込んできた。
「零児! ネル! シャロン! 全員無事ね!?」
「なんかあったのか……ぁ〜」
あくびをする零児。激しく寝ぼけているであろう零児にアーネスカは言った。
「脱出よ! 早く!」
「何をそんなに慌てて……!?」
そこで零児はようやく気づいた。何か得体の知れない巨大なものが迫ってきていることに。地面がグラグラと揺れていると言う事実も、零児の脳を回転させた。
「何があったんだ!?」
「いいから早く! こっち!」
ネレスも起き上がり、3人はアーネスカ達の後についていく。
アーネスカ達は階段を2階に上り、そこからどこに通じているのか不明の扉目掛けて走る。零児達はそれについていくしかない。アーネスカがその扉を開けて、零児もそれに続こうとしたとき、それは姿を現した。
ガラガラと石が崩れ落ちる音がした。キャッスルプラントは扉の大きさをはるかに上回る巨体で廊下を破壊してきたのだ。
「何あれ!?」
見たこともないものを目にし、ネレスが誰にともなく口を開く。
「知らん!」
零児は思わず声を荒げて答えを返した。
「くっそ! 寝起きにこの運動はきつっ!」
「この廊下の先に脱出用の通路があるわ! そこまで走るのよ!」
アーネスカの台詞に、零児は「分かった!」とだけ返した。
零児達の前には長い廊下が続いていた。
「進速弾破!」
進は誰よりも早くその廊下の端まで向かう。鉄の扉を開けるためだ。
「何!?」
進は驚愕した。どういう訳か扉には大量に鎖が打ち付けられているのだ。このままでは通れない。
「そんな……どういうことよこれ!」
進の元へたどり着いたアーネスカが言う。他の人間も、まるで脱出を拒むかのようなこの扉の状態に絶望せざるを得ない。
「どいて!」
アーネスカが回転式拳銃《リボルバー》を扉に向ける。
「エクスプロージョン!」
魔術弾が扉に着弾し、大爆発を引き起こす。
「う、うそでしょ!?」
アーネスカの使った魔術弾は爆発系だ。鎖が巻きつけられた扉くらいなら楽に衝撃で吹き飛ばせるだけの破壊力はある。しかし扉も、それを封じる鎖も無傷のままだった。
「魔術プロテクトがかかってる! 魔術による衝撃が一切吸収されるように設定されているわ!」
「ならどうすればいい!?」
零児が問う。
「魔術プロテクトは魔術による衝撃しか防げない。だけど、物理的な攻撃ならなんとかなるかも……」
「零児さん! あの時の斧を出してください!」
物理的攻撃と聞いて、ディーエは零児にそう指示した。零児が気絶させられた時に、右手を壁に繋がれた鎖を断ち切る時に、零児が生み出した斧を出せといっているのだ。
「なるほど了解!」
零児は即座に答える。すると、ディーエの体躯にあわせた巨大な斧を生み出した。
「少し時間がかかります! あの化け物を止めてください!」
「止めるったって……」
アーネスカは背後に迫り来るキャッスルプラントを見る。眼前の生物は自身の体躯によって狭い廊下を破壊しながら着実にこちらに向けてその歩を進めてくる。
「やるしかねえだろ!」
「そうだね! 怖気づいてる場合じゃないよね!」
「うん!」
零児、ネレス、シャロンの3人は各々そう言い、キャッスルプラントへと対峙した。
3人の様子を見て火乃木も奮起する。
「アーネスカ! ボク達もやるしかないよ!」
アーネスカは迫りくるキャッスルプラントを睨みつけた。
「そうね! ここまで来て、化け物の餌になるのはごめんだわ!」
「拙者もやろう! ディーエ殿! 扉は任せるぞ!」
「お任せを!」
「総力戦だ! やるぞみんな!」
『おう!』
零児が先陣を切る。右手にはスライムとの戦いで得たドレインズ・エアを構え、キャッスルプラント目掛けて走る。
「進速弾破!」
零児は前傾姿勢で走りながら高速移動魔術を発動し、高々と跳躍した。ドレインズ・エアでキャッスルプラントの額を狙い、突き立てる。しかし、突出した先端は外皮を僅かに突き刺したに過ぎず、魔力を吸収できる層まで突き刺さっていない。
「か、硬い……!」
「うおおおおお!」
背後から零児と同じように跳躍し、ネレスが空中で拳を構える。
零児はドレインズ・エアをキャッスルプラントの額から抜き、離れる。
「サイクロン・マグナム!」
全身の体をバネにして放たれる弾丸のような拳。零児同様、額目掛けてそれを放つ。
「う、うそ……!」
しかし、その拳を持ってしても、キャッスルプラントの額を打ち砕くことは出来ない。ネレスは足場のない状態でスピードがなくなったので、キャッスルプラントの前に着地した。
「2人とも退《ど》いて! シャロン! 奴の口の中にレーザーブレスよ!」
「うん!」
零児とネレスがその場からひき、代わりにシャロンとアーネスカが攻撃態勢に入る。
「エクスプロージョン!」
「……!!」
アーネスカの魔術弾とシャロンのレーザーブレスがキャッスルプラントの口内に直撃する。
『ゴアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
爆発と、一点集中型のエネルギーを口内にくらい、溜まらず後退する。ダメージが多少はあったということになる。やはり生物である以上、体内への攻撃には弱いようだ。
「シャロンのレーザーブレスを持ってしても、貫くには足らないようね!」
アーネスカはベルトに差し込んであった弾丸に手を伸ばす。
「やば! もう弾丸が……」
しかし、アーネスカが用意していた弾丸はもうほとんど残っていない。ベルトに残っている弾丸は3発ほどだった。
「ニードル・フランム!」
「飛光刃!」
その時、進が手裏剣による魔術を、火乃木は魔術師の杖による攻撃を発動させた。
空中に赤い魔方陣が出現し、その魔方陣から無数の赤い針が発射された。その赤い針はキャッスルプラントの額に、口に、眼に突き刺さりその直後に軽い爆発が起こりダメージを与える。
進の手裏剣は光をまとい飛んでいく。が、光をまとった手裏剣は、キャッスルプラントの口で受け止められた。
「ぬう……なんというやつ!」
零児とネレスがアーネスカ達の元まで戻ってくる。
「外皮への攻撃は無意味か……!」
「口を狙うしかないね……!」
「剣の弾倉《ソード・シリンダー》は魔力食うからあんまり使いたくないんだがなぁ〜」
その時。
「皆さん! 扉が開きました! 早く!」
「ナイスだぜディーエさん!」
全員ディーエがこじ開けた扉をくぐり、外へと出る。そこは古城の外だった。そこからさらに、らせん状に石の階段が続く。空はすでに青く、日が昇り始めている。
「おいおい! もう朝になってんのか!?」
随分久しぶりに感じる朝日に目を向けながら、零児はそんな台詞をこぼした。
「気づいてなかったわけ!」
軽くからかう様にアーネスカが答える。
「気絶させられている間に、随分時間が経ったみたいだな!」
精神寄生虫《アストラルパラサイド》に乗っ取られていたネレスによって気絶させられていた空白の時間。どうやら零児はかなりの時間気絶させられていたようだ。
「2人ともぉ! そんなこと言ってる場合じゃないよぉ!」
火乃木が2人ののんきに見えるやり取りを見て、抗議の声を上げた。
「確かにね!」
「その通りだ!」
らせん状の石段を下る7人。背後からは古城の一部を破壊しながら迫り来るキャッスルプラントがいる。
らせん状の階段を下った先には平坦な道がしばらく続き、その先には再び鉄の扉があった。先ほどと同じように、鎖でがっちりと扉が開けられないように固定されている。
「そんなまたなの!?」
「こんな所で戦うのか!?」
アーネスカと零児が不満を漏らす。
人間が通れるためにある程度広く作られているとはいえ、迫りくるのは凄まじく巨大な爬虫類だ。まともに戦っては勝ち目はないかもしれない。何より今度は落下と言う危険性がある。
「アーネスカ! 魔術プロテクトは!?」
アーネスカは扉に触り確かめる。
「かかってる! 魔術では破壊できないわ!」
「ならばやるしかありません! 零児さん!」
「了解!」
零児は再び巨大な斧を作り出してディーエに渡す。
「とにかく足止めするぞ!」
「そうね!」
キャッスルプラントがらせんの石段を下り切り平坦な道を、天井を破壊しながらズンズン進んでくる。
「剣の弾倉《ソード・シリンダー》!!」
「ボルテックス・マグナム!」
零児の右手の平から現れた無数の剣と、ネレスの拳から発生する竜巻がキャッスルプラントへと向かう。
2つの魔術は口内へ入り、それぞれダメージを与えた。
『ゴオオオオオオン!!』
咆哮をあげるキャッスルプラント。
「食らえ!」
零児はその咆哮を耳にすると同時に口内に発射した無数の剣を爆発させた。
ボンボンと爆音が轟き、キャッスルプラントが苦しそうに動きを止める。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
しかし、それは数瞬のことでしかなかった。
僅かな沈黙の後、一際大きな咆哮をあげつつ、キャッスルプラントはその体躯で零児達に迫る。
「エクスプロージョン!! 3連発!!」
その時零児とネレスの背後から、アーネスカの魔術弾が発射された。その攻撃もキャッスルプラントの口内に直撃する。それが続けて3発発射され、キャッスルプラントはダランと前足を伸ばした。
「倒したの?」
ネレスが不安そうに声をあげる。
しかし。
『グォオオオオオオアアアアア!!』
『!!』
一瞬気絶したあのように見えたキャッスルプラントは、再び咆哮をあげる。零児達は未だに絶命に至らない眼前の生命体を畏怖した。
「コイツ不死身かよ……!」
「まだ動けるなんて……!」
零児もアーネスカも苦言を呈することしか出来ない。
その時、鎖が切れる音と、鉄の扉が開く音が聞こえてきた。
「皆さん! 早く!」
全員再び開かれた扉をくぐる。その先には再び長い廊下が広がっていた。廊下は今までと違ってかなり広く天井も高く作られていた。キャッスルプラントでも十分入る大きさだ。
必死な7人をあざ笑うかのように、キャッスルプラントはその扉を破壊して突き進んでくる。
「お、おい! この城……!」
零児は古城の一部が揺れ動いていることに気づく。
「崩れてきてるわね! 早く脱出しないとあたし達全員下敷きよ!」
「冗談じゃねぇ!」
「頑張ってみんな! ここを通過すれば外に出られるわ!」
全員必死になって長い廊下を走る。廊下は左に曲がっている。
「最後の扉! 鉄じゃなければいいんだけどな!」
零児はそんなことを言いながら、高速移動魔術を発動させ、真っ先に扉に向かって走る。角を曲がり、最後の扉を確認する。
その扉は今までのように鎖で固定されていなかった。その代わり巨大な両開きの扉になっていて人力であけるには骨が折れそうだった。
「これを押すのか……?」
アーネスカや進達も駆けつける。
「全員力を貸してくれ! コイツを開けるぞ!」
7人全員。眼前の巨大な扉を体重をかけて押し始める。
「ううううううう!!」
「重いいいいいいいい!!」
シャロンと火乃木からそんな声が聞こえる。全員各々唸り声を上げて扉を押し続ける。
――開け開け開け開け開け!!
念仏のように心からそう思いながら全員がその扉を押す。扉はゆっくりではあるが確実に開いていった。 『うおおおおおおおお!!』
そして、どうにか1人分が通れるくらいの隙間は開いた。その開いた部分から朝日が差し込んできている。
「1人ずつ出るんだ! 出たらまっすぐ走れ!」
進が全員に言う。
最初にシャロン、次に火乃木と続く。
『グォオオオオオオオ!!』
『!!』
キャッスルプラントが咆哮をあげながら廊下を曲がりまっすぐに迫ってきた。
「しつこいわね!」
「これでも食らえ!」
零児が構えると同時に、ディーエが開かれた門をくぐる。
「剣の弾倉《ソード・シリンダー!!》』
いくつもの剣が、咆哮をあげるキャッスルプラントの口内を直撃する。
「散!」
直後にその無数の剣が爆発を起し、キャッスルプラントの足を止める。
零児がそうしている間に、アーネスカと進が外へ出る。
「クロガネくん早く!」
アーネスカに続いてネレスも扉から出る。
「ああ!」
そして、最後に零児が扉をくぐり外へ出る。
そこからはかなり大きめの橋があった。古城周辺のドーナツ状の穴を渡るための橋だ。その橋の中間地点に、さらに大きな広場があった。
最後に零児が扉をくぐる。しかし、零児は扉から少し距離を開けて、今くぐった扉を睨みつけた。
――あと何発剣の弾倉《ソード・シリンダー》撃てるかな……?
零児はそんなことを考えていた。キャッスルプラントを迎撃するつもりなのだ。
「クロガネくん!? 早く!!」
「こいつを外に出すわけにはいかねぇだろ!」
「……!」
キャッスルプラントは度重なるダメージを受けたためか、動きが今までより鈍くなっているような気がした。
「コイツなら、たとえこの崖から落ちても死なないかもしれない! 野放しにしたらとんでもないことになる! だからここで潰す!」
「…………よし!」
零児の言葉を聞いて、ネレスが零児の傍まで寄ってきた。
「ネル?」
「手伝うよ。クロガネくん!」
「……ありがたい! 頼むぜ!」
「うん……!」
7人がかりで開けた扉。キャッスルプラントがそれを破壊し、その顔を覗かせた。
「いくぜ! 剣の弾倉《ソード・シリンダー》!」
今回3発目の剣の弾倉《ソード・シリンダー》。それがキャッスルプラントの口内に直撃、爆発のプロセスを経てキャッスルプラントは再び動きを止める。
『ゴオオオオン……!!』
「ヴォルテックス・マグナム!!」
ネレスの拳から放たれた竜巻。キャッスルプラントの口内を傷つける。動きを止めるには至らないがダメージにはなっているようだ。
「ハァ……ハァ……もう、1発!」
疲労困憊《ひろうこんばい》、魔力切れ寸前の体に鞭打ち零児は再び右手をキャッスルプラントに向けた。
「クロガネくん。少し休んだ方がいいんじゃないの?」
「魔力切れが近いだけだ! あと1発撃てる!」
「2人とも伏せなさい!」
その時、アーネスカの声が響いた。アーネスカはキャッスルプラントに銃口を向けていた。
零児とネレスは急いで姿勢を低くする。
「ライトニング・ナパーム!!」
アーネスカの魔術弾がキャッスルプラント目掛けて発射された。
発射された魔術弾はキャッスルプラントの舌に穴を開けた。同時に大爆発が起こり、キャッスルプラントにダメージを与える。
『ゴオオオオオオウウウウウウン!!』
その衝撃はキャッスルプラントの巨体を後退させるほどのものだった。
「これで、弾切れ……とっておきよ……」
「奴はどうなった!?」
「まだ生きてる?」
零児とネレスは爆煙に包まれたキャッスルプラントに目を向ける。
『グルルルルルルル……!!
しかし、煙が晴れるより早く、2人はキャッスルプラントの生存を確認することになった。
「生きてる……」
「なら、最後の1発……食らってみろ!」
零児が右腕をキャッスルプラントに向けた。煙が晴れると同時に、魔術を発動させる。
「剣の弾倉《ソード・シリンダー》!!」
再び発射される無数の刃。またも口内に突き刺さり、爆発させる。
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!』
咆哮をあげるキャッスルプラント。その攻撃が止めになったかどうかは、零児にもネレスにも分からない。
「くっ……もう限界だ……」
「クロガネくん!」
膝を地面につき、荒く息をつく零児。
「しっかり!」
ネレスは零児に肩を貸す。
「ああ……!」
零児はネレスの肩に自分の右肩を乗せて立ち上がる。
その時だった。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
今までより一番長く、大きな咆哮をあげるキャッスルプラント。同時に古城が崩壊を始め、キャッスルプラントの巨体を押しつぶしていく。
「やった……俺達の勝ちだ!」
地響きが鳴る。零児達がいる橋にもそれは伝わってくる。
「ここは危険だ!」
「じゃあ、移動しないとね!」
零児とネレスは2人揃って広場へと向かう。アーネスカ達もすでにそこにいた。
背後では崩壊した古城の重みに耐え切れずに断末魔の声を上げるキャッスルプラントの声がこだまする。
『ガアアアアアアアアアアアアアア!! ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアオオオオウン……!!』
断末魔の咆哮。それは徐々に小さくなりやがて聞こえなくなっていった。
「……」
零児は無言で古城へと振り返り言う。
「悪夢の終わり……だな」
「1人もかけることなく全員が脱出することが出来た。これは奇跡に値する」
進もまた崩れ去った古城を眺めながらそんなことを呟いた。
「とにかく行こうよ! 早く宿に戻って、お風呂入って、寝なおしたい!」
火乃木が言う。一晩中大変な目に合ったんだからそう思うのも無理からぬことだった。それに続いて零児も言う。
「そうだな。俺も汗を流したいぜ。なあ、アーネス……カ?」
零児は絶句した。アーネスカが泣いている。涙を流して古城を見つめているのだ。
「さよなら……パルテ……ごめんね。守ってあげられなくて……」
零児はそれ以上話し掛けることをやめた。今のアーネスカに、冗談は通じそうにないと思ったから。家族同然だった馬を失ったのだから悲しみが押し寄せてきても仕方ないだろう。
「皆さん……今回の件ですが……」
そんな中、ディーエが恐る恐るといった感じで口を開いた。すると、驚くべきことにその場で土下座をした。
「本当に申し訳ありませんでした!」
そして、謝罪した。今回の悪夢の始まりが自分達の馬小屋の管理ができていなかったからだと思い、責任を感じているのだろう。
その声に反応して、アーネスカが振り向いた。アーネスカは涙を拭い、ディーエに語りかける。
「ディーエさん。いいですよ。謝らないでください……」
ディーエが顔を上げて、アーネスカを見る。
「私達がしっかりしていれば……こんなことには……」
「誰のせいでもありませんよ。あのオルトムスって奴が悪いんです。ディーエさんは私達のために必死に戦ってくれたじゃないですか」
「アーネスカ……さん」
「だから、顔を上げてください!」
アーネスカはそう言って微笑んだ。
零児は思った、アーネスカは強い女だなと。こんな状況なのに、他人に八つ当たりすることなく、目の前で頭《こうべ》をたれる相手を許す度量を持っている。
「宿へ戻ろう。みんな!」
アーネスカは笑って広場から移動を始めた。
「そうだな。とにかくまずは休もう!」
零児もそう答える。
「ええ。悪夢は終わったのだから……」
アーネスカを先頭に、ディーエやシャロン、進も広場から移動を始める。
「それにしても火乃木」
火乃木も広場から離れ橋へと移動し始めた時に、零児が火乃木に話しかけた。
「え? なにレイちゃん?」
「お前、その格好すっかり板についたみたいだな」
零児は火乃木のミニスカ姿を軽くからかう。
「な、なんで今になってそんなこと言うのさ〜?」
その途端、火乃木の頬がポッと赤くなった。今もまだ照れが消えていないのだろう。零児としては今のうちにいつもの調子を取り戻しておきたいのだ。
「あんまりからかうと怒るよ……!」
「ナハハハ! 初めてみたときは馬子にも衣装かと思ったかんな!」
「なんだと〜!」
火乃木は魔術師の杖を持った左腕を指の変わりにびしっと零児向けて指そうとした。その時、疲労のためか火乃木の魔術師の杖が、手からすっぽ抜けてしまう。
「あ、杖が!」
「おっととと!」
すっぽ抜けた杖を零児がキャッチする。
「気をつけろよ」
「言われなくても気をつけるよ!」
「あのさ、2人とも……とりあえずここから移動しない?」
ネレスが火乃木と零児のやり取りを見てそんな感想を漏らした。
「あんた達早く来なさ〜い!」
アーネスカも先に行ってそう急かしてくる。
2人とも軽く頭をかく。そして、零児が火乃木に向かって移動しはじめた。
『ドラコニス・ボルト』
3人全員がその声を耳にする。零児は魔術師の杖を一旦ほおって、上空から来るであろう雷の魔術に向けてドレインズ・エアを向けた。
しかし、その魔術は零児の頭上には降らなかった。ドラコニス・ボルトは零児と火乃木の間に落ちたのだ。
「あ……!」
「これは……!」
結果。零児と火乃木の間の足場が崩れ落ちる。
「あ、あ……」
『ドラコニス・ボルト』
「火乃木! 走れ!」
火乃木はその声に反応し、後ろに飛びのいた。すると、火乃木が先ほどまでいた場所に再び雷が落ち、さらに橋が崩れた。
そして、火乃木の足場がグラグラと揺れ始める。
「火乃木走るんだ早く!!」
「あ、あ……うわああああああああ!!」
火乃木が振り返り全力疾走する。若干の間をおいて火乃木の背後の橋が崩れ始めた。
「みんな! 早く! 早く逃げてぇえええ!!」
「何!?」
「橋が……!」
アーネスカと進は火乃木の言葉に連れられて大急ぎで橋を渡る。
「アーネスカ、先にゆけい!」
「分かった!」
問答している暇はない。アーネスカは即座に答えて先行く仲間達に走るよう促す。
「火乃木、手を!」
「はい!」
進は火乃木の手を握る。同時に魔術を発動させた。
「進速弾破!」
魔力で推進力を得る高速移動魔術。進は火乃木とともに橋の外まで一気に脱出した。アーネスカ達も若干遅れて橋を渡りきる。
「一体何が!?」
アーネスカはことの原因が分からず困惑する。
「分からない……いきなり魔術発動の声が聞こえて……」
火乃木は呆然としながら状況を伝えようとする。そして、重要なことに気がついた。
「レイちゃんとネルさん!」
「取り残されちゃったわけ?」
「なんということだ!」
いかに進とて、自身が飛行するような魔術は持ち合わせていない。
「やはり、まだ終わっていなかったのか……」
「どういうこと?」
「オルトムスは死んでいなかったということだ……」
零児とネレスは突如魔術を放った人間へと向き直っていた。
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